2008年05月31日

H/H

   「白衣の堕天使」掲載より抜粋

 時々、飲みに行くお店があった。とりあえず居酒屋で飲んでから2件目に寄る店だったが、いつの間にか初めからそこに行ったりもするようになっていた。

 最初は医者に連れられて行った。歓送迎会か何かの後のやはり2次会だった。

 その後、なんとなく立ち寄るようになり、後から聞いた話だがここはうちの病院とその母体の病院の医局でしょっちゅう利用しているらしかった。

「病院関係者はすぐ分るよ。飲み方が激しいもん。一般の客とは違うんだよなぁ。やっぱり、あれかね?日々、ストレスあるんでしょ?なんかそういうのがいっぺんに現れるんじゃないかと思って。」

オーナーがそう言ってた。

「あとはね、他の客に関心がないんだよ。大概さ、他の客に寄ってったり、ナンパしたり、まぁそこまでしなくてもチラチラみたりとかさ、カラオケ歌ったら知らない人でも拍手位するとかさ・・・・・。それが病院関係者は全くない。特に医者!全くもって自分達の世界なんだよな。」

オーナーは続ける。

「僕ら、接待とか今後も来てもらおうと思って間に入ろうとするんだけど、なかなかスキを与えてくれないんだよ。」

なるほど。確かにそういう雰囲気はあるのかもしれない。私はロックの氷をカラカラいわせながら聞いていた。

「サクラも、ちょくちょく来てよ。」

ニヤニヤしながらオーナーが言った。私はこのオーナーは苦手だった。オーナーが席についた日は外れだなと思った。

 なんとなく行ってしまうのは理由があった。逢沢君と話がしたかったから。逢沢君はH/Hでバイトしている店員だった。気になるのは彼が普通そうで、普通でないような感じを漂わせていたからかもしれない。飲み屋の店員としてはそれなりなのかもしれない。貢ぎ物は沢山きていたし、店にやってくる女の子や外で待っている女の子は数え切れないほどいた。女はいっぱいいるが特定の人はいなかった。

 私はそういった事にはあまり関心がなく、指名することもなく、逢沢君のほうが空いていてこっちにくれば話すくらいのもんだった。彼は彼でその程度の私には素で話が出来ると笑っていた。お互いあまり仕事に関する話は、話すのも聞かれるのも嫌いでその点楽だったのかもしれない。

 店員と客というよりかは、友人に近かった。H/Hに行くと

「サクラちゃん、今日は飯田先生のボトルで飲んで?」

と、いった調子でうちの医者が入れていったボトルで飲んでいるだけだったし、特に彼の売り上げに貢献することもなく、どっちかって言えば私の方が逢沢くんの近況やら愚痴を聞いていることが多かった。

 よその国に行くためにバイトをやっている、というのは初めは売り文句かと思ったがどうやら本気らしかった。“ワーホリ”っていうやつだ。サーフィンをこよなく愛し、常に向上していく姿は私には羨ましく思えた。当時の今までの私の人生の中で本気で何かを愛したり、何かを達成しようなどという事は皆無だったからかもしれない。

 何よりも、夢を持ち追いかける姿はひどく新鮮に思えた。

「私には分らん。海に行って板一枚の上に立ってどうこうしようなんて。」

「だってさ、考えてみ?船やボートじゃないんだぜ。エンジンとか道具とかないんだよ?自分のテクニックだけで海を制覇するんだよ。すげーと思わねー?」

「だからさ、その海がダメなんだよ。」

「何で?」

「溺れるから。海に行くと必ず溺れる。」

彼は大爆笑した。事実だからどうしようもない。

 それでも彼は海に入れない私を海へ連れて行き、波乗りを見せるのだった。私は海岸の堤防に座り沖を眺めていた。入るのは嫌いだけど、海を見るのは好きだった。逢沢君も私が彼の姿など見ておらず、遠くを眺めていることなど百も承知だった。お互いあまり干渉しないのが心地よかったのかもしれない。とにかく逢沢君の前では医療関係の話などしなくて良かった。さらに付け加えるならば私たちがそれ以上進展することはない事が分っていたからかもしれない。

 彼は第一目的を果たす為に今生きていて、それを邪魔するものは絶対に近くには置かなかった。

 きっと、何も求めない何も強要しない私は、女性にもてた逢沢君にとって気楽な相手だったのだろう。

「また全然見てなかったでしょ?」

休憩に戻った逢沢君が私を覗き込んだ。

「あ、ごめん。」

「いいよ、いいよ。そんでいいよ。」

 

 今日もH/Hには医療関係者が偉そうに飲んだくれている。やれ、人命を救っているだの、人の命背負っているだの、勘違いした人間が勘違いしたままの正義を振りかざしている。日頃のストレスからか、若い頃勉強しすぎで遊んでこなかったのか、医師連中はここぞとばかりに、女性職員の胸やお尻を触り、エスカレートすると下着の中まで手を入れたりする。馬鹿な女性職員はそれで本気になるし、場慣れしてない職員は泣いたり、激怒ったりしてた。

 私は一人、疲れてカウンターに移った。場に馴染めなかったり、とりあえずの付き合いや社交辞令が出来ないのは私の悪い癖かもしれない。

「疲れてんなぁ。あ、ねぇ今度の休みいつ?また行こうよ。」

「27日。今度はどこ?」

「東浪見。結構いいんだよ。」

「じゃ、出る時電話して。」

私が一人暮らしではない事位、逢沢君も知っていたが気軽に電話をよこした。

「天気、荒れてるといいなぁ。」

まるで子供のような表情は憎めなかった。

 病院関係者の付き合いきれない話には、もう混ざる気はなかった。海は毎日休む間もなく満ち干して、太陽は昇って、月が廻り、水蒸気は雲を生み、雨が降って、命が芽生えて、土に還り・・・・・。

 ただ、それだけで良かったのに、あたしら人間は何がしたいのだろう。自然の摂理には逆らえないはずなのに、何故それに抵抗する?

 海に行けばとりあえずは解放された。逢沢君は私が疲れているのを知っていた。

 だが、私の根本に宿っているものを、瞳の奥から知ることはなかった。

 単純に利害関係が一致していたのかもしれない。

 

 その後私は引っ越して、逢沢君もよその国へ行った。

 不景気の呷りを受けて、売れっ子のいなくなったH/Hはなんだか廃れたと誰かに聞いた。私にはそんなことはどうでも良かった。もともと売り上げには一度も貢献していない。

posted by 木下小櫻 at 16:02| Comment(0) | 復刻・白衣の堕天使 (看護師時代) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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