2009年01月15日

今が、いちばん幸せ

その人にとっての幸せとは、本当に人それぞれである。
誰かにとって、それは
壮絶であっても、悲惨であっても、有り得ない状況であっても
核たる個人が、どう感じるかは
第3者がどうこう言う事ではない。

今より何十年か前、
そんなに昔の話ではない。
生活の為、子供が身売りに出され
その身一つで、稼ぎをだす。
そんな時代が、この日本にあった。
もちろん、私は話にしか聞かないし
どんな世界だったのか、どんな生き様だったのか
想像する以外の手段はない。

彼女は、身売りに出され
現在では、身寄りは1人もおらず、伴侶も子供もいない。
生家すら残っていない。
人やお金すら、信じてこなかったという彼女は
親しくしてきた知人・友人すらいなかった。

私たちの前に、彼女は
末期がん・下半身麻痺・脊椎まで見える大きな褥創
そんな姿での出会いだった。

支えてくれる人は、誰一人おらず
既に、自分の好きなように過ごす事が出来るだけの身体機能を保っていなかった。

毎日、ヘルパーと看護師が何回も訪問する。
ケアや処置・生活の支援を行いながら、いろんな話を聴く。
今の事。
これまでの事。
明日の事。
死んだときの事。
これからの事。

「わたし、今まで生きてきて、今がいちばん幸せ。」

彼女の言葉は、大きかった。
切なかった。
重かった。
温かくて、ひんやりしていた。

いろんな人との関わりの中
彼女は、心を開いた人がいたのだろうか?
もしいたとしても、
もしかしたら、裏切られる事も多かったのではないだろうか?

仕事として関わる私たちと
話して、笑って、泣いて、また明日が来て、また訪問する。
そんな毎日が、いちばん幸せだと、
人生の中で、いちばん幸せだと、
自由にならない身体と、毎日天井だけを見ながら、背中や全身転移の痛みと、薬の副作用

それでも、今がいちばん幸せだって

人に接する仕事をするものは
いろんな事を自覚しなくてはならない。

人の最期
大きな意味でのターミナルは
末期の事だけではなく、人生の集大成としての老年期

そのきっと短いその時間を
どんな人に囲まれて、どんな風に過ごしていくのか。

あの重い言葉は
今でも昨日の事のように思い出す。




posted by 木下小櫻 at 01:54| Comment(1) | 堕天使 (介護保険時代) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あなたのそれ高く売れるの知ってますか?旬なそれには惜しみなく報酬を出すんですよ★
Posted by かほりのTTP狩り at 2012年03月05日 16:37
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